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父を看取って・・・

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2016年春。父と見た桜。


父の葬儀、施設の部屋の片付けもほぼ終え、

今日から店を通常営業です。

 

11月25日、父が息を引き取りました。

前日の夜、いつものように入院中の父を見舞い、手足をマッサージして、

また明日ね、といって別れたのですが、翌日早朝には息がなく。
享年82歳。

昨年1月、脳こうそくで倒れてから1年10か月。

それからは病院と施設を出たり入ったりではありましたが、

倒れる前日まで元気で仕事も現役でしたし、

この春まで車椅子で桜を見に連れ出したりしていましたので、

大往生といってもいいでしょう。

 

えんげ障害があり、口からの食事がなかなか困難でしたが、

最後まで「食べたい」という本人の意思を汲んであげようと、

一緒に頑張ってきました。
胃ろうや心臓マッサージなど、いわゆる延命処置はしないという

方針でしたので、苦しみ少なく逝ってくれたと信じたい気持ちです。

寂しくはなりますが、姉と交代で

ほぼ毎日のように顔を見に行きましたので、
今、思い残すことは何もありません。

 

葬儀には、高齢にもかかわらず働かせてくれていた会社の方々も
たくさんご会葬くださり、涙を流してくださいました。
わたしたち家族よりも父と多くの時間を共に過ごしたであろう

みなさまから働きぶり、暮らしぶりを聞き、多くの方に

愛されていたのだなぁとちょっぴりうらやましくもあり、

また誇りにも思いました。
ほんとうにお世話になりました。

 

若いときは何かしら大きなことを成し遂げようとして、
家族(特に母)を顧みなかった父。
なかなか思うような生き方ができず、悩み多かったようですが、
今思うと常に自分のことは後回しで、周りのことばかり考えていた父でした。
苦労して育ててくれたにもかかわらず、

自分も若かったせいか、あの頃の父の悩みを理解して

あげられなかったのは申し訳なかった、と反省しています。

 

50代半ばで家を飛び出し、周囲を混乱させましたが、

北九州に移り住んでからのそれからは、
誰かのために…と日々、目の前にあるどんな小さなことでも

真面目に取り組み、朗らかで充実した日々を送っていたようでした。

亡くなった母の供養もよくしていました。
自分も今ちょうど同じ年齢にさしかかり、
人はこの年齢からでも生まれ変われるんだ、

という勇気をもらった気がしています。

 

自分の酒好き、映画好き、本好きは父の影響。
大好きだった父

器用で働き者だった父
大酒のみで陽気だった父
困ったときにはいつも助けてくれていた父
時々、仕事の合間にふらりとお茶を飲みにやってきていた父

・・・

数え切れないほどの思い出。

大切にしていきます。

笑顔でいることが一番の供養かなと思って、

日々を過ごそうと思っています。

 

今頃、母に謝っているかなぁ 笑

自分が今ここにあるのは父と母のおかげ。

心からありがとう。

合掌

 

2016年11月15日くじゅうを歩く










5センチくらいのちっちゃな枯草についた雫。 見惚れてしまう… 自然の織りなす造形にため息の1日。




久しぶりにふたりでくじゅうに。
ガスが重く垂れ込め、山頂は目指せず。
長者原から、雨ガ池、法華院山荘、スガモリ越えコース。
視界不良、足元も悪かったこともあり、
のんびりしすぎて5時間半の山歩き。
まだまだ歩けるもんだ。
映画「ハドソン川の奇跡」

実話を基にしたイーストウッド作品。

 

切れ味のするどい演出、余計なシーンはなく、サクサクと物語が

進む速足の展開。

それなのに途中、何度か自然と感動が込み上げてきて、

涙こらえるのに必死だった。

ラストは爽快だし、さすがと思わざるを得ない。

イーストウッドにまんまとツボを押さえられた気分。。。

 

原題は、機長の名前の「Sully(サリー)」。

冷静沈着に事を成し遂げた機長本人は、

自分は英雄ではない、奇跡ではない、仕事を全うしただけ、

全力を尽くしただけ、チームワークがよかったから、

と言っているところが、さらに感動を呼ぶのだろうな。

 

 

さぞや世界を騒がせたであろうこのハドソン川の不時着水事件。

自分の記憶にとんとなかったので、調べてみると…

2009年1月15日、まさにキリマンジャロにアタック中であった。

登頂は16日。前後数日間はテレビも新聞もなし。納得。

映画「怒り」

吉田修一原作。かならず読もう。

 

千葉、東京、沖縄の3つの地域に分けて描かれる現代の闇。

どれも切ないが、沖縄編は特につらかったな。

役者さんたちの演技がすばらしく、見ごたえある作品になっている。

 

人が人を信じるって、いったいどういうことかな。

最近、ちょっと哀しいことがあったのでそんなことなんぞ

考え込んでしまった。

 

 

 

中村哲氏とアフガニスタン

つい先日放送されたETV特集「武器ではなく 命の水を〜

医師・中村哲とアフガニスタン」が、もうyoutubeにアップされていた。

 

 

中村哲氏の偉大な功績は多くの人が知るところ。

紛争、干ばつ、難民問題…とアフガニスタンを次々に襲う惨禍。

そんな国でなぜ、と思わずにいられない。

氏が語る動機は、「目の前の困っている人を見捨てるわけにはいかない」

ととても明解。

 

素晴らしいと思うのは、どんなに立派な水路を作っても
治水は、彼らの手で管理できなくては意味がないと

何百年も先のことを考え、アフガニスタンの市井の人々と

常に共に行動する点である。
国や政治の力を借りず、長い年月をかけ、市井の人々とともに築き上げた

功績であることに心動かされる。

 

番組の最後で述べた氏の言葉がとても新鮮だった。

 

「これは平和活動ではない、医療の延長なんです。医療の延長ということは

どれだけの人間が助かるかということ。結果として我々の地域には、争い事が

少ない、治安がいい、麻薬が少ない、ということが言える。これが「平和への

一つの道である」と主張したことは少ないと思う。ただ、戦さをしている暇はない、

戦さをするとこういう状態はますます悪くなる。結果として得られた平和で

あって、平和を目的にわれわれはしているわけではない」

 

 

 

番組を見て、『天、共にあり アフガニスタン三十年の闘い』を
読みたいと思っていたら、ウォーキング途中の古本屋さんでばったり。

 

この本の冒頭には幼少時、数年間暮らした若松のことに触れ、
弱者は率先してかばうべきこと、職業に貴賤はないこと、

どんな小さな生き物の命も尊ぶべきことなど、

祖母マン(火野葦平の母)の説教が自分の倫理観に

根ざしていることなどが綴られている。

 

 

youtubeでのこちらの記者会見も興味深し。

 

 

最後に「照一隅」という伝教大師の言葉に触れている。

 

置かれた立場で全力を尽くす。。。

心にとどめておきたい。

 

映画『イレブン・ミニッツ』


8月末の短い上京中に観た映画『イレブン・ミニッツ』。
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。


終始緊迫。
ゾッとするラスト。
人は何に向かって時間を費やしているのか…
監督は、ポーランドのイエジー・スコリモフスキ。
78歳でこの感覚!


この後、星野道夫の没後20年特別展(銀座松屋)へ。

森岡書店は、クローズ。残念。
谷根千歩き

先月末、築地「ふげん社」さんでの雲したイベントの翌日、

南陀楼綾繁さんに谷根千を案内していただくという

機会に恵まれた。

ラッキー!

 

前日まで厳しい暑さが続いていたのに、

この日はひんやり涼しくて、汗もさほどかかず、

曇り空から途中小雨に降られたが、

濡れても気にならない程度。

 

路地裏、坂道をうろうろ。

 

古書ほうろう→谷中銀座→古書信天翁→朝倉彫塑館→

旅するミシン店→貸しはらっぱ音地→上野桜木あたり→

ひるねこBOOKS→ボン ファイアー→往来堂書店。

 

 

谷中銀座はお祭り中。

 

朝倉彫塑館。

前回、来たときは改装中で入れず、今回はゆっくり見学。

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「上野桜木あたり」は、話題のリノベ新スポットらしい。

ここでビールを。。。と思ったら満席。

このあたりで小雨に降られる

 


夜、訪れたい飲み屋街。



 

歩いていると顔見知りの方から、声をかけられたり、

入る店々で世間話やらなにやら情報交換が始まる。

新しいお店の方たちから、ずいぶんと頼りにされて

いるような会話が見て取れた。

 

ナンダロウさん、谷根千の顔だなぁ。

ご案内ありがとうございました!
 

『忘れられた巨人』(カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳)


久しぶりのカズオ・イシグロ。

 

6世紀ごろの英国、アーサー王伝説を下敷きにしているという。

何の予備知識もなく読んだが、支障なく十分に楽しめた。

知っていればもっと楽しめたのかもしれない。

 

記憶と忘却、繰り返される争い、慈しみと愛…

普遍的なテーマのもと、

あれはいったいどういう意味だったのか…

ちりばめられた暗喩や謎にまんまとはまり、

知らず知らず物語に引き込まれていく。

いつものごとく、解釈は読み手にまかされる。

そんなワクワクとは反対に、

読後はいつものごとく、切ない気持ちにさせられる。

 

仕掛けられた罠にはまりたくてイシグロを読むのかもしれない。

 

 

読む日々。

一日の終わり、スマホのバッテリー残が50%以上になってきた。

どことなく調子よい。

 

 

語り継がねばならないこと

古本アクスで真っ赤なカバーに惹かれ手にした本。

『言いたいことがありすぎて』(丸木俊著 筑摩書房)。

 

ひろしま・長崎・アウシュビッツ・南京・水俣・沖縄を

夫・丸木位里(1901-1995年)さんとの共同製作で描いた

俊(1912-2000年)さん。

日の丸・原発・放射能・環境汚染・・・

今を生きる人たちへの渾身のメッセージが語られている。

 

  (以下、抜粋)

  恐ろしいのは狢舅尊沖瓩任后

  天皇を中心にした「日の丸・君が代」の教育は、差別と重なって恐ろしい

  結果を生むということを知りました。こういう心がわたしたちの胸の中

  にもひそんでいるのでしょうか。

  

  戦争というものを簡単に考えてはいけないのです。

  沖縄の人を日本軍が殺す、沖縄住民の食べ物を奪う、沖縄で起こったよう

  なことが、戦争の名のものとで実際になされています。日本が負けた、

  アメリカが勝った、といったそういうことではない、そのなかで起こった、

  もっと細かい、いや、もっと大切な、いや一番大事なことがかくされて

  きていたのです。そのことを知り、深く掘りさげて考えていかなければ

  なりません。

 


昭和30年代の女性たちの新聞投稿欄「紅皿」集

『戦争とおはぎとグリンピース』(西日本新聞社)。

 

女たちの戦争体験、家族や愛する人を思う気持ちが素直に綴られ、

静かに胸を打つ。

平穏な日常を奪った戦争。戦争は戦場にだけあるのではない。

 

 

以下、平成28年長崎平和宣言より

  …

  若い世代の皆さん、あなたたちが当たり前と感じる日常、例えば、

 お母さんの優しい手、お父さんの温かいまなざし、友だちとの会話、

 好きな人の笑顔…。そのすべてを奪い去ってしまうのが戦争です。

  戦争体験、被爆者の体験に、ぜひ一度耳を傾けてみてください。

 つらい経験を語ることは苦しいことです。それでも語ってくれるのは、

 未来の人たちを守りたいからだということを知ってください。

 

 

戦争体験のない自分だが、先人たちの言葉から

語り継がねばならないことの多さ、重大さは伝わってくる。

怖いから、つらいからと目を伏せ、耳を塞ぎ、

心を閉ざしてしまってはいけない。

 

戦争に正義はない。

正義のために戦争を強いられるのは、まっぴらゴメンである。

 

映画「サウルの息子」


「サウルの息子」「あの日の声を探して」

昭和館2で8/19まで上映中。

「サウルの息子」(2015年/ハンガリー)はアウシュビッツ、

「あの日の声を探して」(2014年/フランス)はチェチェン紛争

そして、京都に日帰り出張の折、京都シネマで観た

「スリーピングボイス 沈黙の叫び」(2011年/スペイン)は、

スペイン内戦後のフランコ政権下が舞台。

2度とあってはならない時代の話。

暴力、拷問と殺戮シーンの連続で気分が重くなるが、

いずれも観るべき映画。

「あの日の声を探して」で普通の若者コーリャが、

兵士となり民間人を銃殺するまでの過程は、

さもありそうな現実のようで怖かった。

人が悪魔になってしまうのが、戦争だ。